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横浜地方裁判所 平成3年(わ)56号 判決

会社員

A

会社員

B

会社員

C

会社員

D

右Aに対する業務上過失致死傷、Bに対する業務上過失致死傷、労働安全衛生法違反、Cに対する業務上過失致死傷、Dに対する業務上過失致死傷各被告事件について、当裁判所は、検察官寺坂衛出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人Aを禁錮一年六月に、被告人Bを禁錮二年及び罰金二〇万円に、被告人Cを禁錮一年六月に、被告人Dを禁錮二年に各処する。

被告人Bにおいてその罰金を完納することができないときは、金四〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から、被告人A、被告人C及び被告人Dに対し各三年間それぞれその刑の、被告人Bに対し三年間右禁錮刑の各執行を猶予する。

理由

第一被告人らの身上及び本件工事の概要等

一  被告人らの経歴

1  被告人A(以下、「被告人A」という。)は、日本大学理工学部経営工学科(建築専攻)を卒業後、昭和四一年四月株式会社熊谷組(以下、「熊谷組」という。)に入社し、大阪支店勤務等を経て、昭和五〇年一月から横浜支店に勤務し、同五八年六月から同支店第七工事所長となり、野川健康センター新築工事(以下、「本件工事」という。)をその管轄内に置いていたものである。

2  被告人B(以下「被告人B」という。)は、神奈川県立向が岡工業高校建築科を卒業後、昭和四〇年四月熊谷組に入社し、同四二年九月から横浜支店に勤務し、同六二年八月からユニーブル鴨居の作業所長代理となり、その後エクセル宮前平の作業所長代理も兼務し、同六三年一二月一六日から右各作業所長代理のほか本件工事の作業所長代理を兼務していたものである。

3  被告人C(以下、「被告人C」という。)は、愛媛県立松山工業高校建築科を卒業後、昭和四五年四月熊谷組に入社し、同四九年一一月から横浜支店に勤務し、平成元年四月一日から本件工事の工事主任であったものである。

4  被告人D(以下、「被告人D」という。)は、京都大学工学部建築科を卒業後、昭和五八年四月熊谷組に入社して横浜支店に勤務し、同六三年一二月一六日から本件工事の工事係であったものである。

二  本件工事及び本件工事における山留め工事の概要等

1  熊谷組横浜支店は、昭和六三年一二月一五日、日新工業株式会社から、川崎市宮前区野川字東耕地八五八番地の一の土地一九五五・四四五平方メートル(以下、これを「本件工事現場」という。)を掘削し平坦地に整地のうえ、地上三階地下一階の鉄骨鉄筋コンクリート造の建物(総面積約四四一三平方メートル)を建築するという本件工事を請負った。

2  本件工事は現場の地形等の理由からA、B、Cの三工区に分けられて施工されることになったが、A工区の東側は地山であったため、右建物を建築するためには地山の頂上から地下部分の底辺に相当する部分(床付け面)までを掘削する必要があったところ、右地山は、グランドライン(建物の地上部分と地下部分との境界を明確にするために便宜上想定された線で、本件工事では建物敷地西側歩道上の消火栓の蓋上部に設定された。)から約一〇メートルの高さがあり、床付け面は、グランドラインから約六・三メートル下にあるので、A工区東側の地山部分を幅約二八・六メートルにわたり、その頂上から約一六・四メートル垂直に掘削して、それより西方の土砂を取り除く必要があったが、単に掘削しただけでは掘削壁面(山留め壁)が崩壊するおそれがあるため、これを防止するため親杭横矢板工法(掘削機で土中に規定の深さまで穴を掘り、根元にコンクリートミルクを注入したうえH鋼を親杭として土中に多数打設した後、順次掘削をおこないながら、H鋼の間に横矢板を入れて掘削壁面の崩壊を防止する工法)をとり、更に土圧による崩壊を防止するため、アースアンカー工法(土留め壁面に横穴を掘り、同穴に挿入したワイヤーをコンクリートミルクで固定し親杭と矢板にかかる土圧を緩和して山留め壁を支える工法)を併用することにしていた。

そして、山止め計画図や山本建材リース株式会社によって作成された本件工事の山留計算書によれば、A工区東側山留め壁工事については、地山をグランドラインから五メートルの高さまで掘削した後、長さ一五メートル、三〇〇H(縦三〇センチメートル、横三〇センチメートル、厚さ一ないし一・五センチメートル)のH鋼二九本を一メートル間隔で打設し、各H鋼の下端を床付け面から約三・六メートル下へ根入れしたうえ、アースアンカーを一段打設するということであった。

3  ところが、被告人Dは、昭和六四年一月六日ころ、現場で目測により、地山の高さをグランドラインから約六ないし七メートルと判断し、その後正確な測量もせず、地山の頂上部を約一・三メートル掘削させたのみで下請業者に指示してH鋼の打設にとりかからせ、平成元年二月六日から同月八日にかけ、A工区東側二九本のH鋼のうち二一本を打設させたが、右掘削不足の結果、右二一本にいずれも根入れの欠如ないし根入れ不足を生じさせた。この間、被告人Dは、同年二月二七日ころ、器械を使用した計測により、右根入れ不足を察知したが、自らの単純なミスを上司である被告人Bに報告するのを恥じ、自分一人の責任で補強工事を行いこれを糊塗しようとし、前記山本建材リースの村田勝一に相談したところ、同人からH鋼の打設をやり直すしか方法がない旨言われたものの、工期が遅れ、多大の損害をもたらすことを思うと右助言にも従えず、不安を残しながら、補強杭を打設したうえ根入れ不足のH鋼との間に補強用腹起こし(土壁、矢板等を支える機材)を入れることにし、同年三月三〇日下請業者を指示して、東側部分壁面の手前約四〇センチメートル付近に長さ約一二メートルのH鋼五本を二ないし三・五メートル間隔で打設させ、同年五月一七日と一九日に腹起こしの外形を作るなどしていた。

しかし、これは構造的に全く補強工事の意味をなさないものであった。A工区では同年四月二六日ころから掘削を行って順次土砂を取り除き、同年五月一七日ころから床付け作業(掘削底面の仕上げ作業)にかかっていたが、同月二二日同工区東側で根入れのないH鋼三本が露出するに至り、被告人Dや被告人Cは不安を感じたものの、掘削壁が前兆もなく急激に崩壊することはないと軽信し、相談のうえ、とりあえず根の浮いたH鋼を補強するためその根元を生コンクリートで固める工事にとりかかっていたところ、同日午後一時一〇分ころ、同工区東側の壁がこれを支えていたH鋼もろとも崩壊した。

第二罪となるべき事実

一  被告人Aは、第七工事所長であり、支店長の補佐役として同工事所管轄の各工事の総合管理指導を行う職責を有し、特に安全管理については各工事現場を巡回して工事の施工状況を把握したうえ、各工事について作業所長等を指導監督する業務に従事していたものであり、被告人Bは、実質的には本件工事現場の作業所長であり、現場代理人として、工事主任以下の職員を指揮監督して担当工事現場において工事の施工管理にあたり業務に従事していたものであり、被告人Cは、本件工事現場の工事主任として作業所長代理である被告人Bの指揮の下に工事係ら配下の従業員を指揮監督して協力業者に工事を施工させる業務に従事していたものであり、被告人Dは、本件工事現場の工事係として作業所長代理である被告人Bや工事主任である被告人Cの指揮の下に協力業者を指揮監督して工事を施工させる業務に従事していたものであるが、本件工事現場においては、前記のとおり山留め工事が施工されていたところ、右山留め工事は計画図どおりに適切に施工されなければ、親杭であるH鋼の根入れ不足等が生じ、そのため山留め壁が崩壊し、土砂等の崩落により作業中の作業員等を死傷させる事故の発生するおそれが十分予測されたにもかかわらず

1  被告人Dは、下請業者の有限会社丸高工業等の作業員をしてA工区東側の親杭打設工事等を施工させるに際し、前記山止め計画図どおり親杭打設工事を施工させ、右工事が計画図どおり施工されていない場合には下請業者を指揮監督して親杭の打ち直しをさせる等の適切な措置を講じ、さらに山留め壁崩壊の危険が差し迫った場合には同工区内の作業を直ちに中止させ、もって山留め壁崩壊による事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り

(一) 昭和六四年一月六日ころ、同工区東側の地山の高さを目測のみでグランドラインから約六ないし七メートルと判断し、右地山の頂上から約一・三メートルほど掘削したのみで、山止め計画図より約三・七メートルの掘削不足が生じているのに、これを看過し、平成元年二月六日から八日までの間下請業者にH鋼二一本を打設させ、うち少なくとも五本について根入れがなく、その余についても著しい根入れ不足を生じさせ、

(二) 同年二月二七日には、根入れ不足の状態を認識したにもかかわらず、親杭の打ち直しをする等の適切な措置を講じず、前記の補強工事のみをおこなっただけでA工区床付け面までの掘削工事を続行させ、

(三) 同年五月二二日には、前述のとおりA工区東側で根入れのない親杭三本が出現し山留め壁がいつ崩壊するかわからない状態になったにもかかわらず、ただちに崩壊することはないと軽信し、同工区内での作業を中止させなかった。

2  被告人Cは、平成元年四月一九日、工事主任として本件工事現場に着任した当日、A工区東側親杭の根入れが不足していて補強工事の施工中であることを認識したのであるから、自ら前記山止め計画図と施工状況を対比、検討し、工事係である被告人Dらを指揮監督して下請業者に親杭の打ち直しをさせる等の適切な措置を講じ、さらに山留め壁崩壊の危険が差し迫った場合には直ちに作業を中止させ、もって山留め壁崩壊による事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り

(一) 同日、同現場において、被告人Dから、計算のうえ補強工事を進めているので心配ない旨の報告を受けるや、これを軽信し、自ら前記山止め計画図と施工状況とを対比し根入れ不足の状況を把握することをしなかったため、被告人Dらを指揮監督して下請業者らに親杭の打ち直しをさせる等の適切な措置を講じないままA工区床付け面までの掘削工事を続行させ、

(二) 同年五月二二日には、前述のとおりA工区東側に根入れのない親杭三本が出現し山留め壁がいつ崩壊するかわからない状態になったにもかかわらず、ただちに崩壊することはないと軽信し同工区内での作業を中止させなかった

3  被告人Bは、前記山留め工事が前記山止め計画図どおり施工されるよう工事係の被告人Dらを指揮するはもとより、施工状況を把握し、計画図どおり施工されていない場合には同被告人らを指揮監督して山留め工事のやり直しをさせる等の適切な措置を講じ、もって山留め壁崩壊による事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り

(一) 自ら地山掘削及び親杭の打設状況を前記山止め計画図と対比して把握し、右計画どおり施工されるよう適切な指揮をせず、被告人Dに任せきりにしたことから、前記のように親杭の根入れ不足等を生じさせ、

(二) 同年四月五日ころ、本来A工区南側の親杭より、その天端が二メートル下に打設されていなければならない同工区東側の親杭が右南側の親杭と同じ高さに打設され、また、同じ高さの右南側にはすでにアースアンカーが打設されているにもかかわらず右東側の親杭は自立の状態であるなど異常を感じたにもかかわらず、被告人Dから前記山止め計画図どおり施工している旨の報告をうけるやこれを軽信し、その後も工事の施工状況の把握を怠ったため、容易に発見ができた前記補強工事の存在を看過して、前記根入れ不足等を認識することができず、被告人Dらを指揮監督して下請業者に親杭の打ち直しをさせる等適切な措置を講じないままA工区床付け面までの掘削工事を続行させた

4  被告人Aは、現場巡回をおこない、自らの目で施工状況を点検して作業現場内に異常があれば作業所長代理である被告人Bらを指揮して適切な危険防止措置を講じさせ、もって山留め壁崩壊による事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、平成元年五月一二日及び一六日ころの二回にわたり、本件工事現場の事務所に行ったものの、同工事現場で山留め工事が施工されていることを知りながら工事現場内に立ち入ることなく引き返したため、発見容易であった前記補強工事の存在に気付かず、親杭の打ち直し等の適切な措置を講じさせないままA工区床付け面までの掘削工事を施工させた

右被告人らの各過失の競合により、同年五月二二日午後一時一〇分ころ、本件工事現場A工区東側の山留め壁を高さ約一五メートル、幅約一六メートルにわたって崩壊させ、同工区内に約四〇〇立法メートルの土砂を崩落させるとともにH鋼等を倒壊させ、よってそのころ同所において、同工区内で作業中の秋元雅之(当時二五歳)を全身圧迫により、同中村慎一(当時一九歳)を頭部打撲による脳挫滅により、同芝孝幸(当時五二歳)を全身圧迫により、同湯浅晴夫(当時四〇歳)を脳幹挫滅により、同田中勉(当時四〇歳)を頭部打撲による脳幹出血及び右小脳の挫滅によりそれぞれ死亡させるとともに、同佐藤力夫(当時三九歳)に全治約三週間を要する後頭部打撲挫創等の傷害を、同上野正夫こと井上英雄(当時五二歳)に全治約四〇日間を要する右下腿挫傷の傷害をそれぞれ負わせ

二  被告人Bは、前記熊谷組の業務に関し、法定の除外事由がないのに、平成元年一月二七日、本件工事現場において、掘削の深さが一〇メートル以上である地山の掘削作業を開始したのに、その計画を当該仕事の開始日の一四日前までに所轄の川崎北労働基準監督署長に届け出なかったものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人A、同B、同C及び同Dの判示第二の一の各所為はいずれも行為時においては平成三年法律第三一号による改正前の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、裁判時においては右改正後の刑法二一一条前段にそれぞれ該当するが、犯罪後の法律により刑の変更があったときにあたるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、次に被告人Dの判示第二の二の所為は労働安全衛生法一二〇条一号、一二二条、八八条四項、労働安全衛生規則九〇条四号に該当するところ、被告人らの判示第二の一の罪についてはそれぞれ所定刑中禁錮刑を選択し、被告人Bの判示第二の一と二の罪は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四八条一項により判示第二の一の罪の禁錮と判示第二の二の罪の罰金とを併科することとし、被告人A、同C及び同Dについてはその所定刑期の範囲内で、被告人Bについてはその所定刑期及び金額の範囲内で、被告人A及び同Cを各禁錮一年六月に、被告人Dを禁錮二年に、被告人Bを禁錮二年及び罰金二〇万円にそれぞれ処し、被告人Bにおいて、その罰金を完納することができないときは、同法一八条により金四〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、被告人ら四名に対し、情状により同法二五条一項を各適用してこの裁判確定の日からそれぞれ三年間その禁錮刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

一  本件は、山留め壁崩壊により、近くで作業していた作業員五名が崩落してきた土砂やH鋼の下敷きとなるなどして死亡したほか、同じく二名の作業員が飛んできた資材によって負傷したという土木事故であり、悲惨で重大な結果とその社会的影響の大きさから被告人らの過失に対する非難は厳しいものがある。

二  本件事故の原因は、工事係であった被告人Dが地山の高さをレベル計測せず、目測のみで安易に判断した結果H鋼の打設に際し根入れが全くないあるいはほとんどない状態を生じさせ、その後右状態に気付きながらも、結果的に全く補強の意味をなさない簡易な補強工事をして山留め工事を続行させたという工事係としての基本的な注意義務を怠ったこと、また作業所長代理であった被告人B及び工事主任であった同Cが、被告人Dから問題はないとの報告を受けてこれを軽信し自ら山止め計画図と工事の施工状況との対比をせず、工事所長であった被告人Aも現場を自分の目で直接点検するという現場巡回の義務を果していなかったというそれぞれの監督義務の懈怠、さらに被告人C及び同Dにおいて、事故当日根入れのないH鋼が出現しいつ山留め壁が崩壊するかもしれない事態に至ったのに、崩壊する前になんらかの兆があるものと安易に考え、事故当日も本件事故現場の地山の状態に変位等がみられなかったことから作業を中止させなかったという状況判断の誤りによる注意義務懈怠にあるところ、いずれの義務違反も山留め工事を施工するに当っての不可欠な基本的注意義務を怠ったというべきものであり、本件事故は人災以外の何ものでもないと言わざるをえない。

三  もっとも、本件事故を惹起させた要因としては、被告人らの過失行為のみならず、熊谷組の会社組織において十全な指導監督体制が敷かれていなかったと考えられる面もある。

すなわち、本件工事現場で山留め工事が着工されてから後に、横浜支店で本件工事現場の山留め工事の当否を検討する山留め委員会が開催されたこと、右委員会での指示事項が守られているかの確認は全て現場の作業所長らに委ねられていたこと、平成元年三月八日に本件工事現場の安全衛生パトロールが実施されたにもかかわらず、山止め計画図に従って工事が施工されているかの確認が厳格に行われずに終わってしまったこと、さらに職員に対する山留め壁崩壊事故の発生態様等の教育が充分に行われていなかったことなどである。

本件事故後、株式会社熊谷組横浜支店としては、支店の施工管理体制の見直し、山留め委員会の機能の強化、安全パトロールの点検内容の充実及び職員に対する山留め工事の教育の充実等の機構改革を行い、山留め壁崩壊事故の再発防止に努めている。

四  次に被告人ら各自の個別的情状を検討するに、被告人Dは、地山の計測をせずH鋼を打設させるという本件事故の第一の原因を生じさせた者であるばかりか、自己の評価を気にするあまり、余りに基本的な自らのミスを上司に報告せず、かえって、これを糊塗しようとし、また費用や工期の遅れを気にして、結局ほとんど効果のない補強工事をして、そのまま工事を続行させたものであり、多数の作業員を指揮して危険な工事に携わる者としては甚だ自覚に欠けていたといわざるをえないうえ、同被告人の経歴等に照らすと、状況判断を誤まり、諸々の利害の比較衡量を的確に行わなかった責任は重大である。また被告人Cは、本件工事現場へ着任した直後、補強杭の存在に気付き、被告人DからH鋼が根入れ不足の状態であることを聞いたにもかかわらず、自ら山止め計画図と施工状況を対比して根入れ不足の状況を把握することを怠ったまま事故当日まで工事を続行させたものであり、同被告人が工事主任という監督的立場にあったことに照らすと、同被告人が本件工事に関与した期間が比較的短かかったとはいえその責任は重大である。被告人Bは、本件工事現場の作業所長代理として、常に本件工事の施工状況等を把握すべきであったのであるから、工事係に過ぎず山留め工事の経験の浅い被告人D一人に山留め工事という重要な工事を事実上一任していたこと、さらに自ら工事の施工状況に不信を抱いたことがあったにもかかわらず安易に被告人Dの報告を信用して放置したことなどは右職務の重大な懈怠であり、その責任はまた重い。加えて、同被告人には、労働基準監督署へ所定の書類(計画)を提出しないまま地山の掘削作業に着手したことなど法規範の遵守という現場を預かる者としての基本的な態度に欠けるものがあったことは否めない。被告人Aは、工事所長として、本件工事現場の監督について最高責任者であったのであるから、工事月報の検討、現場巡回等によって本件工事現場の施工状況を把握していなければならなかったにもかかわらず、現場巡回を怠り、平成元年五月に入って本件現場に行きながらも自らの目で現場を確認することを怠っていたことなど、その職務の重大な懈怠が本件事故の一因になっていたのであるから、その責任は重大である。

しかしながら、本件事故の背景には、前叙のとおり会社組織上の不備が窺われるうえ、被告人らにはいずれもこれまでさしたる前科前歴もなく、善良な社会人として真面目に生活してきたものであること、本件事故については、被害者の遺族や被害者らに対し熊谷組等から示談金の支払い等が行われるとともに、被告人らも死亡した被害者の墓参りを行うなど慰謝の措置が講じられ、被害者の遺族及び被害者らから宥恕の意思が表明されていること、当公判廷において被告人らは反省の情を示していることなど斟酌すべき事情も認められる。

五  そこで、以上の諸点を総合考慮した結果、被告人らに対し主文のとおり量刑した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山忠雄 裁判官 高橋正 裁判官川畑公美は休暇中につき署名押印することができない。裁判長裁判官 杉山忠雄)

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